臨床研究適正評価教育機構

SPRINT研究に対する当機構の見解

 

 医療関係者および一般のみなさまへ

 このたび行われた米国の学会で,高血圧治療において収縮期血圧を120mmHgまで厳格に下げた方が140mmHgの標準治療群よりも心不全や死亡が少ないというSPRINT研究の結果が発表されました。 高血圧治療において長年のテーマであった,心血管合併症予防のための至適降圧目標値の問題に,総力をあげて取り組んだ米国国立心肺血液研究所(NHLBI)の熱意と努力に対して祝意と敬意を表します。 本研究は公的機関が実施したという点で,信頼性は高いと思われます。しかしこの結果を日本の日常診療に役立てるためには,適切に解釈することが必要ですので,当機構の立場から見解を発表いたします。

  1. この臨床研究の対象は,すでに冠動脈疾患や腎臓病を合併しており,心筋梗塞や脳卒中の発症リスクが比較的高い症例です。したがって高血圧患者さんすべてに当てはまる結果ではありません。
  2. この研究での血圧測定は,医療機関の医師のいない部屋で自動血圧計によって5分間安静の後,3回繰り返し測定しており,医師の前で血圧が一過性に上昇する白衣高血圧を可能な限り除外した状況での研究結果です。一般診療における血圧測定環境とは大きく異なり,120mmHgという値も日本の診察室で医師が測定する値とは同一視することはできません。しいていえば家庭血圧計の血圧値に近いと思われます。
  3. 降圧利尿薬を優先的に使用しているためとおもわれますが,厳格降圧治療群では心不全を著明に抑制しました。しかし一方において降圧利尿薬は重篤な状況に陥りやすい急性腎障害や血液中のナトリウム,カリウムなどの電解質異常をおこしやすいことも示しています。とくに高齢者の患者さんでは,注意深い観察が必要されます。
  4. 高齢者の方もふくめ高リスクの患者さんで厳格に血圧を下げることが心血管合併症を予防し,生命予後を改善することが科学的な根拠として証明されたことは非常に重要です。しかし一方において,高齢者の方はさまざまな合併疾患を抱えている場合が多く,個人個人の身体状況が異なります。したがって一律に厳格に血圧を下げることはしばしば有害な副作用をもたらし,ときに危険な場合があります。高齢者では,一人一人の患者さんの身体状況に合わせた慎重な個別的対応が非常に重要です。
  5. SPRINT研究の結果が示すところの意義は非常に大きく,日本の高血圧ガイドラインでもあらためて検討されることが望まれます。
平成27年11月17日
文責 臨床研究適正評価教育機構理事長 桑島 巌
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