臨床研究適正評価教育機構

フォーラム

NHKスペシャル「“血圧サージ”が危ない 〜命を縮める「血圧の高波」〜」
に関しての異議

臨床研究適正評価教育機構理事長  東京都健康長寿医療センター顧問 桑島巖 

 2017年10月29日放送のNHKスペシャル内容について多くの患者から質問があったのでオンデマンドで見てみた。その内容には医学的に正しいとはいえない番組構成が多々認められたので、長年血圧変動の臨床研究に関わってきた研究者の立場から異議を唱える。

 まず冒頭に脳出血で倒れ、その後回復した中年男性の例について、元来血圧が正常であったのに脳出血に罹患したのは「血圧サージ」によるものであったと紹介。若い男女青年80人に対して朝昼夕3回、家庭血圧計を測定してもらい、一回でも収縮期血圧が135mmHgを超える「血圧サージ」が25人(31%)にみられたとしている。その後、血圧サージを繰り返すことで血管肥厚が生じるメカニズムを説明したのち、血圧サージ抑制対策としてタオルを握らせる方法を紹介している。

 本放送では正常人の血圧変動を、「血圧サージ」と呼ぶなど誇大な表現があり、視聴者を不安に陥れ、降圧薬の過剰処方をもたらす恐れがある。

健常人の生理的血圧変動と高齢者や高度動脈硬化症患者の血圧変動を混同している!!

 本来、血圧変動は脈拍変動と同じく自律神経バランスによる生理的現象であり、健常人でも緊張、怒り、会話、運動直後、スポーツ観戦、筋トレ、面接など容易に上昇するし、一方においてリラックス、運動後、睡眠、音楽、などで速やかに下がる。このような血圧、脈拍変動は正常な交感神経と副交感神経の自律的バランスによるもので、活動するためには不可欠な生理的変動である。
 放送されたなかでの血圧正常者での朝昼夜の家庭血圧測定で、1回でも135mmHgを超えた人を「血圧サージあり」とするのは明らかに誇大表現であり、この程度の一過性上昇は健常者の生理的変動の範囲内である。
 一方、すでに動脈硬化が進展しており血管が硬くなっている人の血圧変動は、動脈の弾力性が消失していることによって生じる現象であり、その変動は動脈硬化進展の結果として生じる現象である。
 このような生理的血圧変動と動脈硬化の結果としての血圧変動を一緒にしているところがこの放送の大きな問題点である。

一回でも上の数字が135mmHgを超えると血圧サージという?

 血圧サージが収縮期血圧135mmHgというのは全く根拠のない数字である。家庭血圧や診察室血圧は数分間の安静の後数回測定した血圧での値が基準であり、サージのような一過性の血圧上昇の数値ではない。 高血圧の基準はあくまでも安静の状態で数回の血圧測定で高血圧か否かを決めるものである、一過性の上昇で高血圧あるいはサージと診断すべきではない。誇大表現によって高血圧患者を量産し、降圧薬使用を増やすのみである。

血圧サージで脳卒中になったという訳ではない。すでに高度な動脈硬化を合併していることが脳卒中の発症原因である!!!

 番組冒頭に脳出血で倒れた中年男性を紹介していたが、血圧サージによって脳出血を発症したと紹介していた。しかしこの男性はすでに肥満があり、かつ喫煙歴があること番組途中で医師により触れられているし、そして24時間血圧では、夜間血圧が持続的に高く、睡眠時無呼吸症候群の存在が疑われる。したがって示された症例は、すでに動脈硬化がかなり進展していたことで血管がかなり脆くなっていたことが脳卒中の原因であろう。決して血圧サージのみで脳出血になったとはいえない。
 動脈硬化は高血圧のみでなく、喫煙、肥満、高脂血症、糖尿病などの危険因子の統合によって発症するものありこのようなリスク因子を論ぜずにサージのみで脳卒中や認知症の要因を論じるべきではない。

タオルを握ると血圧サージが押さえられる???

 ハンドグリップを繰り返すことで安静時の血圧が若干下がるというのはよく知られているが、これはウオーキングやスイミングなどと同様に非薬物療法の一貫として高血圧発症予防あるいは軽症高血圧の患者で推奨されている方法である。必ずしも血圧サージを特異的に抑えるというわけではない。