臨床研究適正評価教育機構

京都府立医科大学調査委員会記者会見に対する当機構の見解

 

 7月11日、京都府立医科大学から KYOTO HEART 試験に関しての調査結果が発表された。その結果、主要エンドポイントである複合エンドポイントの発生数においてカルテ記載データと解析に用いられたものとの間に大きな隔たりがあることが確認された。その概要は以下のとおりである

 カルテ閲覧が可能であった223 例のうち、

  1. 複合エンドポイント発生数は、カルテ上確認できたのは、34 例(15.2%)であったのに、解析用データでは48 件(21.5%)あった。すなわち14 件が水増しされていた。この14 件は、エンドポイントとしてエンドポイント委員会に届けられていない可能性が高い。
  2. 複合エンドポイント発生において、カルテと解析用データで一致しなかった症例は、223 例中34 例(15.2%)にみられた。そのうちカルテで「無し」だったのに解析用データで「有り」となっていたのが、バルサルタン群4 例、対照群(非バルサルタン群)20 例、と対照群において大幅に水増しされていた。
  3. 逆に、カルテでは「有り」となっていたのに、解析用データでは「無し」となっ ていたのは、バルサルタン群9 例、対照群(非バルサルタン群)1 例と、バルサルタン群で大幅に減少させていた。

J-CLEAR 理事コメント
● 桑島巌理事長

 このようなディオバン群を大幅に有利とする生データと解析用データの操作は、「人為的な改ざん」と断定せざるをえない。
 我々は、論文で記載されているディオバン群の45%という複合エンドポイント発生の抑制を、PROBE 法という枠内での問題として論じてきたが、事実はデータの改ざんという、科学的論議とは次元を全く異にする、極めて悪質な行為によって生じた結果であったことに強い憤りを覚える。今回の問題に関するノバルティス社のコメントは、無責任な印象はぬぐえない。 ノバルティス社は、元社員に対する調査委員会の事情聴取を受けさせ、事実関係を明らかにする社会的義務があることは認識すべきである。
 今回のエンドポイントの食い違いについてエンドポイント委員会委員長の説明責任は免れない。早急に事実を解明し説明する義務がある。
 また今回の臨床試験成績を医師向け無料配布ジャーナルの広告座談会などで頻回に本試験の結果を宣伝してきた高血圧学会幹部およびガイドライン委員長は、今回の調査結果をうけて一般医師に対して説明責任があろう。
 今回の事件は、医師、薬剤師のみならず国民を欺いた罪は大きい。また我が国から発信される臨床試験に対する信頼性を大きく失墜させ、日本の臨床論文が海 外ジャーナルに採択されにくくなることが懸念される。信頼性回復のための方策を立てることは急務である。

● 植田真一郎副理事長

 オープン試験(PROBE法)の場合、主治医による正確なイベントの同定と報告が必須である。今回の京都府立医大の調査報告ではあきらかにこの点が適切に行われておらず、バルサルタン群に有利な結果をもたらすための恣意的な報告、あるいは必要とされる報告が恣意的に行われていないことが明らかになった。これはイベント評価委員会の問題ではなく、それ以前の研究者の問題で非常に残念である。
 血圧について診療録と解析の対象となったデータが一致しないと報告されているが、これに関しては主治医の報告は適切であったが、その後、なんらかの操作が行われた可能性があり、全貌を明らかにする必要がある。電解質のデータ管理が適切にできておらず、桁が異なる誤ったデータのクリーニングが適切に行われなかったことからは医師以外の人物が最終的なデータ固定を行った可能性がある。報告された血圧がどの段階で、誰に改ざんされたのか、明らかにする必要がある。
 この問題は、このような悪質なものは論外だが、オープン試験では恣意性がなくても生じる可能性がある問題で、今後すべての臨床試験を二重盲検法で行うことが不可能である以上、方法論について議論すべきと思われる。おそらく診療録とデータとの一致の確認および監査が必要である。
 最も重要なことは、松原元教授1人の責任に帰すること無く、また利益相反の問題を強調しすぎるのではなく、患者さんから提供されたデータがどのような研究スタッフの手を経てあのデータになったのか、だれがどのようにハンドリングしたのか明らかにすることだと思う。
 ノバルティス社の元社員の関与を含めてそれが明らかにならない限り再発予防も今後の臨床試験の推進もあり得ない。

● 山崎力理事

 臨床試験に不慣れな京都府立医科大学の医師に、ノバルティス社の自称生物統計家S 氏が取り入りすべてを仕切ったがためにこのようなことになったと推測する。彼には臨床試験を正しく導く能力がなかったのではないか、知り合いの生物統計家6 名は誰ひとりとして彼の名前を知っていなかった。論文撤回のきっかけにもなった「桁を間違って入力された情報をそのまま解析する」という のは、野球に例えればバッターが3 塁に向かって走るようなものである。
 京都府立医科大学の最終報告に対するノバルティス社のコメントには失望しました。政党幹部が自らの失言を取り繕う様にも相通ずるのではないかとも思う。これでは日本の医療に貢献しようと日夜奮闘していたであろうノバルティス社の大半のMR も可哀そうである。いずれにしてもノバルティス社はきちんとした調査・報告の義務がある。
 この10 数年で100 以上の臨床試験に関わってきた経験をもとに断言するが、日本の医師・研究者はみんな臨床試験に真摯に取り組んでいる。われわれは、日本の臨床研究の信頼を回復させ世界一のレベルに引き上げる責務を負ったのだと思います。

● 後藤信哉理事

 日本は今まで臨床試験、治験などのノウハウが全て製薬企業にあった。医師は実際に臨床をしているものの臨床試験のノハウがないのが問題だと認識している。米国、英国では大学、医師が臨床試験のオペレーションにも関与している。論文を書く医師としては方法の詳細を知らないで書いて来た日本の現状に問題がある。もう一度、われわれは臨床試験の意味、必要性、コスト、質の維持のための工夫などについて、製薬企業とは独立の立場で考え直す必要があると思う。

● 名郷直樹理事

 日本の医学は病態生理に偏り、卒後の研究で臨床医が基礎研究を行うという長い伝統がある。そのような臨床試験と遠いところで教育を受け、研究を行ってきた医師が、何のトレーニングや経験もないままに臨床試験を行ったことが、今回の事件の根本にあると思われる。今回のデータ改ざんは、基礎研究におけるデータ改ざんが習慣化しており、それが臨床試験の場であからさまになったのではないかという推測もある。これは臨床試験だけの問題でなく、医学研究全体の問題である可能性がある。
 今回の事件にメーカーがどう関係したかは明らかになっていないが、今後はそ の関係を徹底的に洗い出すことが必要と思われる。

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