臨床研究適正評価教育機構

新規抗凝固薬の処方にあたってのJ-CLEARからの提言

臨床研究適正評価教育機構(J-CLEAR)

ダビガトランはその適正使用によりわが国の脳卒中予防に大きく貢献すると考えられる。 しかし不適正使用ではデメリットがメリットを上回り重篤な大出血あるいは死亡をもたらす危険性も有しているため、 本薬剤が日本人の健康増進に貢献するためにはその適正使用の推進が不可欠と考え、臨床研究適正評価教育機構(J-CLEAR)は以下の提言を行う。

1.インフォームドコンセントの取得

ダビガトランの処方に当たっては、その利点と欠点の両方を説明し、患者の納得を得ること。

1) ダビガトランの利点

  • 納豆、大量の野菜などビタミンKを多く含む食品の制限が少ないこと。
  • 定期的な採血の必要がないこと。
  • 日本人を含む国際大規模臨床試験においてワルファリンに劣らない脳卒中予防効果と安全性が確認されている薬剤であること。

2)ダビガトランの欠点

  • 採血による薬効評価のモニターができないために個々の病状と変化に応じた用量調整が困難なこと。
  • 半減期が非常に短いために飲み忘れによって薬効とリスクが大きく変動すること。
  • 副作用発現時において対応する拮抗薬がないこと。
  • 高価であること(150mg1日2回処方の場合,1日あたり530円)
  • 予測される出血イベントとして重篤な出血は年間約3%注1、生命に危険を及ぼす出血は約1%、頭蓋内出血は約0.4%にみられること。
  • 中等度以上の腎障害(eGFR 30-50mL/分/1.73m2)では血中濃度が約3倍になり,出血リスクもさらに高くなる。 高度腎障害(eGFR 30mL/分/1.73m2未満)では血中濃度は約6倍にも上昇し,使用禁忌であること。注2
  • 他の抗血小板薬と併用している場合には出血リスクがさらに高まること。 
  • 75歳以上の高齢者では出血のリスクがさらに高まること。
  • 注1:ワルファリンの出血イベントも年間約3%にみられる。

    注2:添付文書ではクレアチニン・クリアランスで表現されているが、実臨床ではeGFRを用いるのが実際的であるため、 本提言ではeGFRを用いた。一般に、クレアチニン・クリアランスはeGFRより高値になる。 したがって、この基準で判断した場合、クレアチニン・クリアランスで判断するよりもより腎機能が良いところでの判断となる場合が多くなる。 ただし、痩せた患者(特に高齢者)ではeGFRが実際のGFRよりも高値となることに注意しなければならない。

2.個別的対応

  • ダビガトランは、心房細動に対するワルファリンに代わる新規抗凝固薬( replacement therapy)ではなく、ワルファリンと並ぶ選択可能な薬剤(alternative therapy)であるとの認識が必要。 したがってワルファリン治療でとくに問題がないかぎり、本剤に切り替えることは勧めるべきではない。 両薬剤の血中半減期の違いから切り替え時に出血事故および ワルファリン中断時のリバウンドによる血栓イベントが起こりやすいことを認識すべきである。
  • 中等度以上の腎障害、抗血小板薬の併用、75歳以上の高齢者はそれぞれ出血のリスクを増大させる因子であり、 この内2つ以上の因子を有している場合には、ダビガトランの出血リスクが脳卒中発症予防のメリットを上回る可能性が高いことを認識すべきである。
  • 高血圧のコントロール不良例では、出血リスクが高まるので処方にあたっては血圧の厳重な管理を並行して行うこと。
 

3. 病薬連携による適正処方推進

  • 処方箋を受け取った薬剤師は、75歳以上の高齢者で、複数の抗血小板薬の併用例では可能な限り腎障害の有無につき処方医への疑義照会を行う。
  • 腎障害の有無の二重チェックの構築を各医療施設あるいは医師会、薬剤師会単位で工夫する。
  • たとえば、東京都健康長寿医療センターは、院外処方箋に血清クレアチニン値を記入するシステムを構築している。 薬剤師は年齢、性から簡易計算器によりeGFRを算出し、適切な処方内容であるか否かを確認し、 不適切処方が疑われる場合には担当医に疑義照会を行っている。
以上 

新規抗凝固薬が末長くわが国の心房細動患者における脳卒中予防に貢献することを祈念し,その適正使用に関して上記の提言を行う。

 
NPO法人臨床研究適正評価教育機構 理事長  桑島  巌
副理事長 植田真一郎
理事   景山  茂
理事   後藤 信哉
理事   名郷 直樹
理事   原田 和昌
理事   山崎  力

論点整理―心房細動における新規抗凝固療法の考え方

J-CLEAR 理事 後藤信哉(東海大学循環器内科)
J-CLEAR 理事長 桑島巌(東京都健康長寿医療センター副院長)

 新規抗凝固薬ダビガトラン(プラザキサ)が2011年3月から本邦でも使用可能となったが 同年8月11日までの間に因果関係が否定できない死亡例を含む重篤な出血性副作用が81例報告された。

 本薬剤に関する最近の報道あるいは日本循環器学会から公開された緊急提言をみても、新規経口抗凝固薬の理解に混乱がみられる。J-CLEAR理事として論点整理を提言したい。

1.ワルファリン介入のメリット/デメリット

 ワルファリン、新規経口抗凝固薬ともに凝固系を阻害して血栓を阻害するとの効果は、 出血性合併症のリスク増加に直結する表裏一体であることは自明である。

 ワルファリンについて、欧米ではINRを2-3の範囲に設定した抗凝固介入が推奨されてきた。 本邦では、INR 1.6-2.2程度の妥当性を示唆する複数の臨床研究結果が公開されているが、 診療ガイドラインでは高齢者を例外として欧米と同様INR 2-3を標的としたワルファリン介入が推奨されている。 本邦の診療ガイドラインであっても国際標準が推奨されることはEvidence-Based Medicineを重視する立場からすれば、誤りとは言えない。 しかし、欧米を中心とする世界から発信された臨床情報に基づく科学的推奨が日本人症例に最適とは限らない。 また、個別の医師が診療にあたっている個別の症例に対してガイドラインの推奨が最適であると言えない点もワルファリン介入の難しいところである。

 ダビガトランとワルファリンを比較したRE-LY試験には18,113例が登録された。 約6,000例がINR 2-3を標的としたワルファリン治療群に振り分けられた。 登録症例は、CHADS2 score 2前後、年齢72歳前後の症例であった。 INR 2-3を標的としたワルファリン治療により年間3.3%に重篤な出血性合併症、1.8%に生命に危険を及ぼす出血性合併症、0.74%に頭蓋内出血が惹起された。 心房細動症例における初回の脳血栓塞栓症が重篤になることを理解したとして、 この出血合併症リスクは症候を有さない心房細動症例に対する予防介入として受け入れられる値であろうか?

 臨床医学の科学は経験の数値データベース化に基づく。 ワルファリン介入により惹起される出血性合併症発現以上のメリットを得る患者集団は、 ワルファリン非介入時の血栓イベントと介入時の血栓イベントリスクの差異がワルファリン介入により 惹起される出血イベントリスクを上回る集団と理解される。 ワルファリン介入により血栓イベントリスクは70%程度減少できる。 1,000例にワルファリン介入すると頭蓋内出血は年間7.4名に起こる。 ワルファリン非介入時の血栓イベントリスクが2%の患者集団では、 非介入時に1,000例中20名に起こった筈の血栓イベントの70%に相当される14名の血栓イベントを予防できると考えれば、 この患者集団は1,000例のうち6.6名が実質的なメリットを得る介入に適した集団とも判断できる。 ただし、年間18名に起こる生命に危険をおよぼす出血、年間33名におこる重篤な出血との比較では介入により得を得ることがない。 ワルファリン非介入時に年間数%以上脳血栓塞栓症を惹起する症例群がワルファリン介入によるメリットを得る集団となるが、 脳卒中の既往のない我が国の心房細動症例中にこれほど高リスクの症例がどれだけいるか疑問である。

 ワルファリン介入によりメリットを得る患者集団を科学的に同定できるとしても、 個別の症例の予後の予測は現在の医学の論理体系では不可能である。 出血性合併症リスクの増加が不可避の抗血栓介入の適応決定には、 出血性合併症増加リスクと血栓イベント予防効果の数値データを示して個別に 十分なインフォームドコンセントに基づいて行われることが好ましいと筆者は考える。

2.わが国では、臨床経験が乏しい中での新薬承認の経験が少ないことの認識が必要

 現在の医学の論理体系では、新規経口抗凝固薬の有効性、 安全性を検証する方法として既存の標準的治療と新薬とのランダム化比較試験が選択される。 検証すべき臨床的仮説は「新規経口抗凝固薬とワルファリンの有効性、安全性に差異がない」である。 心房細動症例の血栓イベント発症リスクは一般に決して高くはないので、 仮説の検証には数万例の症例の登録が必要となる。一国にて数万例の症例の登録はできない。 RE-LY試験のように「新規経口抗凝固薬とワルファリンの有効性、 安全性に差異がない」との仮説を世界の心房細動症例において検証する国際共同試験に日本も参加する現在の方法は妥当であろう。 RE-LY試験では、INR 2-3のワルファリン治療との比較におけるダビガトランの非劣性が証明されたのであるから 世界同時に認可承認されることに疑問はない。 従来は、欧米での認可承認、欧米の実臨床の蓄積ののちに本邦にて新薬が認可承認された。 今回は世界同時の認可承認であるため、世界中にて経験の乏しい段階にて 使用の難しい新薬を本邦でも使用できるようになったとの現状を十分に理解すべきである。

3.RE-LY試験の読み方

 RE-LY試験はダビガトランとワルファリンの比較試験である。 しかし、比較対象とされたINR 2-3を標的としたワルファリン介入が日本人症例に対してベストであることを示す 十分な根拠はない。 日本人症例に限局しなくても、今回INR 2-3を標的として使用されたワルファリン群における 出血性合併症発現率の高さを考えれば、 予防介入としてのワルファリン介入の受け入れについて改めて十分なインフォームドコンセントの必要性が改めて示されたと筆者は考えている。 RE-LY試験ではワルファリンとダビガトランの振り分けがランダムに行われたが二重盲検下ではない。 新薬に対する期待に基づくプラセボ効果を否定できない。 すなわち、RE-LY試験ではワルファリンに対するダビガトランの非劣性という仮説は科学的には弱い根拠にて証明されたに過ぎない。 本試験の評価に当たっては、ワルファリン群とダビガトラン群の比較よりも、各群における出血、血栓イベント発症率に注目すべきである。 ダビガトラン110 mg, 150 mg服用症例における重篤な出血イベント発現率は各々年率2.71%, 3.11%であった。 生命に危険をおよぼす出血も年率1.22%, 1.45%に認めている。心房細動症例では初発の脳血栓塞栓症が重篤になることを理解するとして、 1,000人に対して1年間の使用にて12.2人、14.5人が生命に危険をおよぼす出血を起こす薬剤を予防介入として望む症例がどれだけいるだろうか? ワルファリンは、ガイドラインの推奨にかかわらずINRによる個別最適化が可能である。 科学的根拠は乏しくても、個別の医師は個別の判断にて血栓リスクの高い症例には高めのINRコントロール、 出血リスクの高い症例には低めのINRコントロールにて対応することが可能であった。 ダビガトランに限らず、新規経口抗凝固薬では、臨床試験にて示された結果が未来に投影される。 ダビガトラン 110 mg, 150 mg服用症例の頭蓋内出血は年率0.23%, 0.30%であった。 今後ダビガトランを1,000例投与するごとに年間2-3名が頭蓋内出血を起こすことになる。 臨床試験の数値を読んで適切に理解した上で薬剤介入を希望する症例が本当にいるかどうかを、医師、患者ともに真剣に考える必要がある。

4.リスク/ベネフィットと患者の意志を尊重した上で新規抗凝固薬の使用を考慮する

 一般に日本人の血栓イベント発症率は低い。日本は医療保険制度のもと、比較的均質な医療が行われている国である。 レセプト情報など、全数調査が可能な医療関連情報も豊富に有している。一部の症例を抽出してサンプリングしなくても、全数調査が可能な国である。 既に、数万例の症例にダビガトランが処方されているのであれば、今後生命に危険をおよぼす重篤な出血は年間数百例、 頭蓋内出血も年間数十例以上起こることがRE-LY試験の結果から想定される。 医師は経験を積むことにより薬剤介入の適応を見極める。新規経口抗凝固薬が新たな治療介入の選択肢を早期に提供した点は歓迎されるべきである。

 本機構は、真の意味での適応症例の選択が可能となるまでは、公開された臨床研究の数値情報を個別の患者に開示して、 個別の症例の出血、血栓の転帰を予測できない現在の医学の限界を十分に理解した上で、薬剤のリスクを理解してなおかつ、 ベネフィットを期待する症例に限局して新規経口抗凝固薬を使用することが望ましいと考える。

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