臨床研究適正評価教育機構

コレステロール論争に対する当機構としての見解

―個々の危険因子や性差を考慮した基準づくりが必要―

J-CLEAR理事長 桑島 巌

日本動脈硬化学会は,脂質異常症が動脈硬化性疾患の重大な危険因子であるとして, その基準値の設定と治療方針について,疫学調査や大規模臨床試験の成績をもとにガイドラインを発表している。 最新のものは2007年版であるが,そのなかで高コレステロール血症,とくにLDLコレステロールについて基準値を, 薬物療法の開始基準ではないとしながらも一律140mg/dL以上と設定していることに対して論議が生じている。 とくに,「コレステロールは高めが長生き」,などの表現によって, コレステロール値を下げることに対する疑念を示す研究者グループである脂質・栄養学会の活動が活発化している。
このような論争は,実地臨床家のみならず一般国民に混乱をもたらすものであり, NPO法人臨床研究適正評価教育機構(J-CLEAR)は,これまでに報告されているエビデンスを公正かつ中立的な立場から考察し, 現時点では以下の見解が妥当と考え,提示する。

  1. 高コレステロール血症が動脈硬化性疾患の危険因子であることは多くの疫学研究によって確認されているが, 発症リスクに性差があるという認識が国民に浸透していない印象がある。女性では男性よりも動脈硬化性疾患の発症リスクが低く, とくに心血管リスクの上昇する閉経後においても約10年は動脈硬化性疾患が発生しにくいとされる。 これらのことから男女別の基準値,とくに女性の更年期以前と以降の基準値を提示して,国民,一般医家に啓発する必要がある。
  2. また,血液中のコレステロール値をどのレベルまで下げると心筋梗塞などの動脈硬化性疾患のリスクが低下し発症を予防できるかについては, 個々が有している危険因子や動脈硬化性疾患の既往の有無によっても大きく異なる。 動脈硬化性疾患の予防にはコレステロール値は低いほどよい,とする研究者の主な根拠は, 高血圧や糖尿病など冠動脈疾患のリスクの高い症例や,すでに狭心症などの既往のある症例での二次予防に対する治療介入研究に基づいている。 しかしその結果をリスクの低い一般住民にまで敷衍することはできない。 したがって一次予防と二次予防の管理目標の違い, 一次予防のなかでも脂質異常症以外の危険因子の有無と多寡などによって,治療開始基準と目標値は異なるということを, 臨床医に広く認識させるべきである。
  3. 一方「コレステロール値は高めが長生き」と主張するグループの見解は,主に一般住民での一部の調査結果を根拠にしている。 しかし一般住民の追跡調査では,慢性肝疾患などの消耗性疾患や虚弱体質といった住民の除外補正が十分行われていないために, コレステロール値の低い例が死亡するという統計成績になった可能性がある。 したがってその結果から,一概にコレステロール値が高い方が長寿であると結論づけることはきわめて危険である。 むしろ当機構としては,高リスク症例や心血管既往例が脂質異常症の治療を放棄することで, 心血管発症リスクや死亡リスクが非常に高くなることを憂慮する。 また日本人では,総コレステロール値が低い高血圧例では脳出血の発症リスクが高いという成績も示されていることから, 厳格な血圧管理による脳出血予防も重要となる。
  4. 脂質異常症の基準を一律にLDLコレステロール値140mg/dL以上とすることは, 被験者をラベリングすることで不要な治療を促す要因となりかねないことから好ましくなく, 当機構としては性差を考慮し,なおかつ治療必要性あるいは管理基準と整合性のある診断基準が必要と考える。 具体的には特定健診結果表において,受診勧奨判定値を男女一律にLDLコレステロール値140mg/dL以上としていることは, 判定医師の判断や受診者の疾病認識において誤解を招きやすい。
  5. 動脈硬化性疾患発症のリスクはコレステロール値のみでなく, 高血圧,糖尿病,喫煙,家族歴などの他の危険因子や動脈硬化性疾患の既往も考慮したトータルな生活習慣病の管理が重要であると考える。 したがって高コレステロール血症の治療開始基準や到達目標値は,他の危険因子の存在や, 心筋梗塞,脳卒中などの既往の有無などで層別化した管理基準をいっそうわかりやすい形で示し,一般医家と国民への普及啓発が望まれる。

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